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エッセイ:アイランドホッピングで出逢う、古代ギリシャ哲人の末裔たち

【エーゲ海&イオニア海・秘密の島々】
聞いたことのない港が多いほど、 船旅の感動は大きくなる!

  エーゲ海という言葉ほど、「クルーズ」と即座に結びつく言葉もないのではないだろうか。青屋根と白壁のサントリーニ島、古びた風車小屋とひとなつこいペリカンがいるミコノス島、ミノア文明の遺跡の宝庫クレタ島、ヨハネ騎士団のロードス島といったところが有名だ。島同士の距離もさほど遠くないので、気ままにアイランドホッピングが楽しめる。
 
 今回はいくぶんマイナーなギリシャの島を紹介したい。まずはアドリア海航路で立ち寄ることの多いコルフ島。旧市街にそびえる要塞を眺めながらの入港風景は迫力満点だ。自由散策の際にはぜひパリを模したリストン通りで珈琲ブレイクを!
 
 おすすめはギリシャ風珈琲だ。細かく挽いた豆を「ブリキ」と呼ばれる専用の小鍋で煮出し、そのままカップに注ぐ。豆が底に沈殿するのを待ってから上澄みだけをそっと飲む。知らずにかき混ぜてしまうと粉っぽい口当たりにびっくりする。そんなとき隣席の老人が「ゆっくり飲みなさい」と優しい仕草で教えてくれる。
 
 珈琲に並んで試してほしいのがウゾだ。ブランディに薬草アニスで香りを付け、氷を入れると白濁する食前酒だが、歓迎の意でもよく供される。日が暮れるとあちこちのバーやカフェでウゾを飲む人々の姿が目立つ。
 
 ギリシャ人のウェイターはじつに優秀だ。5、6人分程度のオーダーならメモなど取らずにすべて暗記してしまう。そして、個々の注文を正確に手際よくテーブルに置いていく。支払いの際も暗算で代金をはじき出す。そんな彼らの職人技を見ているだけでも飽きない。
 
 南欧の人々は一般的にのんびりしたイメージが持たれているが、ギリシャ人はフランス人やスペイン人のようなラテン系民族ではない。アラブやヨーロッパの様々な血が混ざり合った、いわばハイブリッドなのだ。哲学者の石膏像のような濃いめの顔立ちにヨーロッパの祖としてのプライドを持っている。ちょっととっつきにくいかんじもするが、目が合ったら「カリメラ(おはよう)」と声をかけてみよう。きっとにっこりと微笑み返してくれるはずだ。流暢な英語よりもはるかに距離が縮まる。
 
 続いてモネンバシア。ギリシャ本土からぴょっこりと飛び出したそのかたちはエーゲ海版の江ノ島だ。テンダーボートで下船後は中世の街を目指そう。堅固な門をくぐるなり時間は数百年を遡り、神秘的な街並が姿を現す。教会広場までの細長い一本道には、凝った工芸品を売る商店がぎっしりと詰まっていて、一軒ずつじっくりと覗いてみたい衝動にかられる。街を包み隠すようにそびえる崖に上がると、そこには青や白とは無縁の薄茶色の岩に溶け込んだもうひとつのエーゲ海の顔がある。
 
 教会広場のレストランで素朴な地元料理を地ワインで流し込み、しっかりとエネルギー補給。ギリシャのレストランはたいていが家族経営だ。どこへ行っても画一的な味のチェーン店ばかりが目立つどこかの国とは大違いだ。サービスに満足したとき、私は必ず厨房に出向いてシェフに礼を言うようにしている。気持ちを込めて「エフハリスト!(ありがとう)」と伝えると、イミテラ(お母さん)は東洋の珍客を照れ臭そうな笑顔で歓迎してくれる。その表情はしっかりと旅の思い出に刻まれる。何千もの美しい島々に恵まれたギリシャ…。だがそれに勝るとも劣らないギリシャ人の朴訥とした温かさをぜひ味わっていただきたい。覚えておいていただきたいのは、旅の共通言語は英語ではなく笑顔だということ…。