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エッセイ:サントロペ、アンティーブ、セートでその街の人になる 

【南フランスの小さな港】
聞いたことのない港が多いほど、 船旅の感動は大きくなる!

 寄港地での過ごし方はひとそれぞれ。船会社主催のバスツアーに参加したり、個人で自由に世界遺産や美術館めぐりをしたり、過去に何度か訪れたことのある港なら船から下りずにデッキでのんびり読書に耽ったりするのもありだろう。
 
 地中海クルーズの王道として外せない南仏には、個人でぶらりと気ままに散策するのにうってつけな寄港地が多い。
 
 フランスが誇る名女優ブリジット・バルドーの別荘があるサントロペ、海辺にピカソ美術館があるアンティーブ、映画祭でお馴染みのカンヌ、アルルやカルカッソンヌなど、周囲にたくさんの世界遺産都市を従えるセート、「鷹の巣」に例えられる天空の街エズのふもとにあるビルフランシュなどなど…。
 
 マルセイユやニース、モナコなど、同じエリアの他の名の知れた寄港地に較べると、これらの街の規模はどれも小さい。だが、それこそが自由で気ままな散策を成り立たせる必要不可欠な条件なのだ。
 
 その理由はこうだ。街が小さいと、当然港も小さいので、下船はテンダーボートに乗りかえて行われる。大きな船があまり寄らないから、観光客が大挙して押し寄せることもなく、街はふらりと来た他所者にも無防備にその素顔をさらけだしてくれる。それがなんとも味わい深いのだ。
 
 理由はそれだけではない。街が小さいと、港から街の中心までも徒歩圏で、地図に頼らなくてもたどりつける。石塀に囲まれた旧市街に入ったらもうこっちのもの、分かれ道では直感に任せて好きな方に進めばいい。まさに「足の向くまま、気の向くまま」。初めから目的地が決まっているわけではないので迷うこともない。

 初めてなのにどこか懐かしい、郷愁漂う南仏の港町の徘徊を30分も続けていると、心身が解放されてくるのを感じる。自分が街に馴染んでくるからなのか、はたまた街が自分を受け入れてくれるからなのか…。摩訶不思議な南仏効果を味わいつつ小さなカフェでひと休みすれば、店主と常連客たちのカウンター越しの会話が耳に入ってくる。意味はわからなくても、それが洒落たBGMより心地よく響く。
 
 南仏の街の中心には決まってマルシェ(市場)がある。日本では見かけない野菜や、ジビエ系の肉はもちろん、魚屋では朝釣れたばかりの色鮮やかな魚が並んでいる。店の男たちはそれを客の注文に応じて手際よくさばいていく。食べたくなったら、すぐ近くのレストランに行けばいい。メニューがわからなくても、たいてい店の前の黒板には、前菜・メイン・デザートがコースになった「Menu du jour(今日のおすすめ)」が12~20ユーロくらいであるし、隣のテーブルで美味しそうなものを見つけたらウェイターにそっとそれを指差せばいい。海を臨むテラス席で、薄桃色の冷えたワインとともに味わう地元料理…、至高の時間になること間違いない。
 
 出港までの余った時間に腹ごなしに街をもうひと回りすれば、日が傾く頃にはすっかりあなたもその街の人になっているはずだ。
 
 外国客船に乗ると、乗り合わせた日本人乗客と世間話をする機会があるが、多くの方が冒頭に挙げたような「情報も少なく、あまり期待もしていなかった港がいちばん印象に残った」と話す。

 名の知れた寄港地の隙間を埋めるかのように配された未知の港たちだが、実際に訪れてみると、むしろそちらのほうにより心を奪われる。その感動効果は漢方薬のようにじんわりと心身に沁み入ってくる。次回はあえてそんな港が多く含まれた航路を選び、未知の港町に溶け込んでみてはいかがだろうか。